トポス理論の概要

統一概念としてのトポス #

元になったOlivia先生の講義スライド

トポス(topos) を発明した アレクサンドル・グロタンディーク (A. Grothendieck) はトポス理論のテーマを以下のように述べている。 (要確認: この文章の出自)

“It is the topos theme which is this “bed” or “deep river” where come to be married geometry and algebra, topology and arithmetic, mathematical logic and category theory, the world of the “continuous” and that of “discontinuous” or discrete structures. It is what I have conceived of most broad to perceive with finesse, by the same language rich of geometric resonances, an “essence” which is common to situations most distant from each other coming from one region or another of the vast universe of mathematical things”. A. Grothendieck

これを日本語に翻訳すると以下のようになるだろう。

トポスのテーマとは、幾何学と代数学、位相空間と算術、数理論理学と圏論、そして「連続」の世界と「不連続」または「離散的」な世界が結婚する「ベッド」や「深い川」といったものです。これは、幾何学的な共鳴に富んだ同じ言語によって、数学の広大な宇宙のある領域と別の領域からやってきた、互いに最も離れた状況に共通する「本質」を精巧に知覚するために、私が最も広範に考察したものである。

トポス理論は、異なる数学理論間の関係を体系的に調査し、多様な異なる視点 によってそれらを研究するための枠組みと大きく関連する 統一的な数学対象 とみなすことができる。

その方法は様々な分野に横断的であり、それぞれの専門的な技法を補完するものである。その一般性にもかかわらず、トポス理論的技法は、他の方法では到底到達できないような洞察を生み出し、 異なる文脈間での知識の効果的な伝達を可能にする深いつながりを確立 する。このようなトポスの役割は、それが多面的な性質を持つことと結びついている。例えばトポスは

  • 一般化された空間概念(generalized space)
  • 数学的宇宙(mathematical universe)
  • 理論(theory)

などと見なすことが出来る。

簡単な歴史 #

  • トポスはもともと、代数幾何学で必要とされる「エキゾチックな」コホモロジー理論に数学的裏付けを与えるために、1960年代初頭にアレクサンドル・グロタンディークによって発明された。すべての位相空間はトポスを生み出し、この意味でのトポスは 空間概念の一般化 と考える事ができる。

  • 60年代後半に、ウィリアム・ローヴェア(William Lawvere)とマイルス・ティアニー(Myles Tierney)は、Grothendieck Toposという概念が、数学的宇宙 ももたらすことに気づいた。この宇宙では、馴染みのある集合論的な構成が行えるが、トポス固有の柔軟性のおかげで、特定の性質を持つ新しい数学世界を構築するのにも活用できる。

  • 数年後、分類トポスの理論は、上述の視点にさらに基礎的な視点を加えた。トポスは一般化された空間概念や数学的宇宙としてだけでなく、理論の同等性の一般的な概念まで考慮される 一階の理論 としても見なすことができる。

空間概念としてのトポス #

A. Grothendieckは位相空間論や幾何学的な直観を、位相空間では無い対象を扱う分野に持ち込むことを目的としてトポスを発明した。Grothendieckは位相空間 $X$ の多くの重要な性質が、$\mathbf{Set}$ に値を持つ$X$上の 層(sheaf) の圏 $\mathbf{Sh}(X)$ の不変性として自然に定式化出来ることに着目し、 位相空間 $X$ を小さな圏 $C$ と一般化された 被覆(covering) $J$ のペア $(C,J)$ に置き換え、その上の層としてトポスを定義した。

$$ \xymatrix { X \ar@{~>}[d] \ar@{.>}[r] & \mathbf{Sh}(X) \ar@{~>}[d] \\ (C,J) \ar@{.>}[r] & \mathbf{Sh}(C,J) \\ } $$

圏とGrothendieck位相の組 $(C,J)$ を サイト(site) という。 と呼ぶ場合もある。

定義1.1: トポス理論的不変量

トポス理論的不変量(topos-theoretic invariant) とは 圏同値(equivalence of categories, categorical equivalence) な圏の間で変わらないトポスの性質のことである。

トポスの間の幾何射(Geometric morphism)の概念は、トポス内のアーベル群や(環上の)加群のカテゴリから一般的なコモロジー理論を構築するのに特に有用であることが示されている。これらのコホモロジー不変量は、現代の代数幾何学の発展に、そしてそれを超えて大きな影響を与えている。一方、基本群や高次ホモトピー群のようなホモトピー理論的な不変量は、トポスの不変量として定義することができる。これらはトポスの唯一の不変量ではなく、実際、代数的、論理的、幾何学的、またはそれ以外の性質のトポスの不変量は無数に存在する。

数学的宇宙としてのトポス #

10年ほどのちに、M. LawvereとM. Tierneyは、トポスを一般化された空間概念としてだけでなく集合論を土台として数学を行う事と同様の方法で数学を行うことができる数学的な宇宙として見なすることができる事を見出した。ただし、重要な例外として、議論は構成的に行う必要がある

この発見により、以下の可能性が開けた。

  • トポス固有の「柔軟性」を利用して、特定の性質を持つ「新たな数学的世界」を構築することができる。
  • 集合論的な文脈だけでなく、全てのトポスの中でも任意の種類の(一階)数学的理論のモデルを考えることができるため、数学を「相対化」することができる。(数学を絶対的なものから、文脈によって相対的に変化するものと変える事ができる。)

分類トポス #

70年代に、いくつかの人々(特にW. Lawvere、A. Joyal、G. Reyes、M. Makkai)の働きにより、任意の数学的理論 $\mathbb{T}$ (ある汎用的な形式のもの)には、その理論の「意味論的な核」、ある種の「理論のDNA」を表す、分類トポス(classifying topos) と呼ばれるトポス $E_{\mathbb{T}}$を標準的に関連付けることができることを見出した。

逆に、全てのgrothendieck toposは何らかの理論の分類トポスになっている。従ってgrothendieck toposは、**森田同値性(Morita-equivalence)**による幾何学理論の同値類の 標準的な代表元 と見ることができる。

ブリッジという考え方 #

二つの数学対象 $a, b$ を繋ぐ ブリッジ対象(bridge object) は、二つの対象から導出可能な表現 $f(a), g(b)$ の両方と、何らかの同値性を持つ数学対象 $u$ と考える事が出来る。前者の $\simeq$ は $a$の文脈、後者は $b$ の文脈での同値性である。 2つの $\simeq$ の文脈が異なるので $f(a)\simeq f(b)$ というわけではないので注意。単一の対象 $u$ がある見方の元では $f(a)$ と同値で、別の見方の元では $f(b)$ と同値という事。単に $a,b$ が同値であるということよりも広い 関係性をこれで表現できる。

$$ \xymatrix { & f(a) \ \simeq\ {\color{blue}u} \ \simeq\ g(b) & \\ a \ar@{.}@/^1pc/[ru] & & b \ar@{.}@/_1pc/[lu] } $$

この、ブリッジ対象の2つの異なる表現 $f(a), g(b)$ を用いて、 $u$ の(構成の) $\simeq$ に関して不変な性質を、それぞれの $\simeq$ を通じて $a$と$b$の(構成の)性質へと変換するプロセスとして情報の伝達が行われる。

ブリッジとしてのトポス #

トポスは森田同値な理論の間(より一般に同値なトポスに紐づく理論の間)のブリッジ対象として効果的に機能する。森田同値という概念は数学のどこにでも登場する。それは「同じものを異なる方法で見る」あるいは「数学対象を異なる方法で構築する」といった感覚を形式化するものである。 実際、多くの重要な 双対性(dualities)同値性(equivalences) は森田同値性として自然に解釈することができる。また、互いに解釈可能な2つの理論は常に森田同値である。ただし、これはとても重要なことであるが、この逆は成り立たない。

異なる数学理論が同値な分類トポスを持つという事実は、逆に言えば1つのトポスの複数の異なる表現が存在する事を示す。従って、トポス理論そのものが森田同値性の主要な源なのである。実際、1つのトポスの異なる表現は異なる理論の間の森田同値性として解釈する事が可能である。 そういう意味で、トポスは森田同値な数学理論に共通する特徴を具現化するものだと捉えることも出来る。その根底にあるのは、共通する意味論的核を持ちながら異なる言語表現で表される数学理論においては、同じ数学的性質も異なる形式で現れ得るという直観である。

森田同値性の本質的な特徴はトポスの内部に隠されており、それらはトポスの異なる表現を用いることで明らかにする事ができる。例えば、ある数学的対象のある性質(例えば幾何学的な性質)から出発し、トポスとその性質と(論理的に)等価なトポスの性質を見つける事が出来たとする。すると、今度は例えばそのトポスの論理的表現を使用して、トポスの性質を特定の種類の論理命題に変換する事ができる。こうして、元々の幾何学的な性質と等価な論理的な性質を得ることが出来る。

もしある数学的対象の性質があるトポス上での不変量として定式化された場合、同じトポスによって分類される他の理論においてのその性質の表現は、トポスと様々な表現の間の関係性によってかなりの程度決定される。従ってトポス理論的不変量はある理論から別の理論への情報伝達に用いる事が出来る。この場合の情報の伝達はトポスの不変量を異なる表現へと変換することによって行われる。

$$ \xymatrix { & E_{\mathbb{T}} \ \simeq\ E_{\mathbb{T’}} \ar@{.>}@/^1pc/[rd] & \\ \mathbb{T} \ar@{.>}@/^1pc/[ru] & & \mathbb{T’} } $$

トポス理論的不変量の持つ高い一般性は、数学理論の重要な特徴を捉えるのに適している。トポス理論的不変量が、自然な数学的関心事の重要な性質や構成に特化しているという事実は、これらの概念が数学において中心的である事を明確に示している。実際、トポスのレイヤーで起こる出来事は、数学全体に「一様な」影響を及ぼす。

現実と仮想の双対性 #

(real, imaginaryの訳として現実、仮想を用いたが適切かは怪しい。)

サイト(もしくは理論)から対応するトポスへと移行する事は、(モデル理論的意味での)仮想的な要素を追加することによるある種の 完備化(completion) と見なす事ができる。これによってサイトが潜在的に持つものが具現化される。

(比較的)非構造化された理論の表現の世界と、最大限に構造化されたトポスの世界との間の双対性は極めて重要である。 一方では、理論やサイトの単純さと具体性がそれらを扱いやすくしている。 他方では、トポスの非常に豊かな内部構造と、不変量がこのレイヤーで存在するという事実のおかげで、仮想的世界であるトポス内では遥かに計算が容易となるからだ。

$$ \xymatrix { \textbf{仮想} & & \txt{トポス\\ 森田同値性} \ar@{->}[rd]^>{不変量を選択し計算} \ar@{->}@<-3pt>[rd] \ar@{->}@<-6pt>[rd] & \\ \textbf{現実} & \txt{開始地点\\ =具体的事実} \ar[ru]^-{持ち上げ} \ar@{.>}[rr]^{直接的な繋がり無し}|{\times} & & \txt{他の\\ 具体的事実} } $$

数学的形態形成 #

(形態形成(morphogenesis)とは、細胞や組織が形成され生物体が構築されるプロセスのこと。)

任意のトポスが無数の理論や異なるサイトに関連づけられるという本質的な曖昧さは、異なる表現間のブリッジとしてトポスを用いる事で、異なる理論の関係や、理論自体を研究する事を可能にする。 すべてのトポス理論的不変量は、トポスの異なる描像に基づく表現から生じる真の数学的形態生成を生み出す。これは一般的に、全く異なり、見かけ上互いに無関係な性質や概念間の関連性を生み出す。

新しい数学の方法論 #

これらの方法に真剣に取り組むことは、パラダイムシフトを必要とする。なぜならば、数学的探求が対象に対する具体的な考察によってではなく、森田同値性とトポス理論的不変量によって導かれるという、「逆さま」の新しい数学の方法論を示唆しているからである。これらが舞台の中心にある対象であり、それらから具体的な情報を抽出し、関心のある理論を調べていく。 数学の実務家は、自分が興味を持つ性質をトポス理論的不変量として形式化し、結びつくトポスの他の描像を用いてそれらの等価なバージョンを導出する方法で、大いに利益を得るだろう。(「数学の実務家」と書いたのはworking mathematicianの訳を試みたもので、トポス理論自体ではなく他の具体的な分野で数学に関わる人々の事を指していると思われる。S. MacLaneの書籍Categories for Working Mathematicianから取った表現だと思われる。)

これらの手法には機械的な性質の強い要素が含まれる。実際にはあまり創造的な努力をせずに、多くの新しい数学的な結果を生成することができるからである。こレラの方法で生成される結果は一般的には非自明であり、場合によってはかなり奇妙なものになることもある(それでもそれらはかなり深淵であるかもしれないが)。しかし、森田同値性と不変量の選択を慎重に行うことで、興味深く自然な数学的結果を得ることができる。 実際、通常の「眼鏡」では見えない多くの情報が、この機械を適用することで明らかになる。そして、トポス概念の極めて高い一般性により、これらの方法は数学の極めて広範な範囲に適用できる。