Grothendieckトポス

Grothendieck位相 #

本章では位相空間上 $X$ 上の層の圏論的な抽象化について説明する。 その為にはまず、位相空間の開集合系 $\mathcal{O}_X$ の性質の圏論的な抽象化を行う。

基本的な考え方は $X$ の開集合の関係 $V\subseteq U$ を、圏 $\mathcal{C}$ の射 $f: a\rightarrow b$ として抽象化するという事である。 ただし、それだけで $\mathcal{C}$ を位相構造のようなものとしては見なせないので、$\mathcal{C}$ と 被覆(covering) というものの組を考える必要がある。

篩(ふるい) #

最初に、位相空間 $U$ の開被覆の抽象化を行う。まず、 $U$ に含まれる適当な開集合の集合 $\{U_{\lambda}\subseteq U\}$ を抽象化した概念としてpresieveが定義される。

定義5.1: presieve

圏 $\mathcal{C}$ と対象 $c\in\mathcal{C}$ に対して、 $c$ をコドメインとする射の族 を $c$ 上の presieve と呼ぶ。

presieveに対応する日本語直訳は"前篩(ぜんふるい)“であろうが、そのような用語を使っている文献を一つも見つけられなかったので、 ここでは英語表記のままにした。

続いて、$U$ に含まれる開集合の集合 $S=\{U_{\lambda}\subseteq U\}$ のうち、より小さい開集合をとる操作について閉じているもの、すなわち $$ V\in S, W\subseteq V \Rightarrow W\in S$$ を満たすものを抽象化した概念として、篩(ふるい,sieve)が定義される。

定義5.2: 篩(ふるい)

圏 $\mathcal{C}$ の対象 $c$ 上のpresieve $S$ が、前合成について閉じているとき、すなわち $f\circ g$ が定義される任意の $g$ に対して $$ f\in S \Rightarrow f\circ g\in S$$ が成り立つ時、これを 篩(ふるい,sieve) という。

定義5.3

presieve $P$ に対して、 $P\subseteq S$ となる最小の篩を Pによって生成される篩 という。

命題5.4

$c$ 上の篩 $S$ と、射 $f: d\rightarrow c$ に対して $$ f^{\ast}(S) = \{ g \mid \mathrm{cod}(g) = d, f\circ g \in S\}$$ は $d$ 上の篩である。

証明

任意の $g\in f^{\ast}(S)$ と $g\circ h$ が定義される $h$ について $f\circ (g\circ h) = (f\circ g)\circ h$ である。この時 $f^{\ast}(S)$の定義より $f\circ g\in S$ であるので $S$ が篩である事より $f\circ (g\circ h)\in S$ である。よって $g\circ h\in f^{\ast}(S)$ であるので $f^{\ast}(S)$ も篩である。 $\square$

これは、$U$ 上の篩を $V\subseteq U$ に制限することで $V$ 上の篩を作るという操作の抽象化である。

命題5.5

$c$ 上の篩 $R,S$ と射 $f: d\rightarrow c$ に対して $$ f^{\ast}(R\cap S) = f^{\ast}(R)\cap f^{\ast}(S)$$

これは $f\circ g\in R\cap \Leftrightarrow f\circ g\in R, f\circ g\in S$ である事より明らか。

Grothendieck位相の定義 #

定義5.6: Grothendieck位相

圏$\mathcal{C}$ 上の Grothendieck位相(Grothendieck topology) とは、$\mathcal{C}$ の各対象 $c$ に、篩の族 $J(c)$ を対応させる写像 $J$ であって、 以下の公理を満たすものである。

  1. 最大性公理(maximality axiom): 最大の篩 $M_c$ (コドメインが $c$ の射全ての族) が $J(c)$ に含まれる。
  2. 安定性公理(stability axiom): $S\in J(c)$ であるならば、任意の $f:d\rightarrow c$ に対して $f^{\ast}(S)\in J(d)$。
  3. 推移性公理(transitivity axiom): $S\in J(c)$ であり、$c$ 上の篩 $R$ が任意の $(f:d\rightarrow c)\in S$ に対して $f^{\ast}(R)\in J(d)$ を満たすならば、$R\in J(c)$ である。

$J(c)$ の元を $c$ の $J$被覆($J$-covering) もしくは単に 被覆(covering) と呼ぶ。

これらは、位相空間の場合の以下の性質をそれぞれ抽象化したものである。

  1. 任意の開集合 $U$ について $U$ 自身は $U$ の開被覆である。($M_c$ がpresieve $\{1_c\}$ によって生成される事に注意。これは $\{U\subseteq U\}$ という開被覆と対応している。)
  2. (被覆の範囲を狭めても被覆): 任意の開被覆 $U=\bigcup U_{\lambda}$ が与えられた時、これをより小さい開集合 $V\subseteq U$ に制限した $\{V\cap U_{\lambda}\}$ は $V$ の開被覆である。
  3. (被覆の各ピースを覆っているならば、全体も覆っている): 任意の開被覆 $U=\bigcup U_{\lambda}$ と、$U$ の部分集合の族 $R=\{V_{\alpha}\subseteq U\}$ が与えられた時、任意の $U_{\lambda}\subseteq U$ について $\{U_{\lambda}\cap V_{\alpha}\}$ が $U_{\lambda}$ の開被覆になっているのであれば、 $R$ は $U$ の開被覆である。
定義5.7: 景

小圏 $\mathcal{C}$ と $\mathcal{C}$ 上のGrothendieck位相 $J$ の組 $(\mathcal{C},J)$ を 景(site) という。

命題5.8

$J$ をGrothendieck位相とすると $$R,S\in J(c)\Rightarrow R\cap S\in J(c)$$

証明

$R,S$ が篩の時 $R\cap S$ も篩であるのは明らか。 $S\in J(c)$ であるので、任意の $(f:d\rightarrow c)\in S$ に対して、 $f^{\ast}(R\cap S)\in J(d)$ である事を示せば推移性公理より $R\cap S\in J(c)$ となる。

$(f:d\rightarrow c)\in S$ とする。すると $R\in J(c)$ であるので安定性公理より $f^{\ast}(R)\in J(d)$ である。 ここで $f\in S$ であることから $f^{\ast}(S)=M_d$ である事が簡単に分かるので、

$$f^{\ast}(R\cap S) = f^{\ast}(R)\cap f^{\ast}(S) = f^{\ast}(R)\cap M_d = f^{\ast}(R) \in J(d)$$

である。 $\square$

命題5.9

$R,S$ が $c$ 上の篩であり、$R\subseteq S$ であるとき $$ R\in J(c) \Rightarrow S\in J(c)$$

証明

$R,S$ が $c$ 上の篩であり、$R\subseteq S$、$R\in J(c)$ であるとする。

任意の $(f:d\rightarrow c)\in R$ をとると $f\in S$ であるから $f^{\ast}(S) = M_d$ である。従って最大性公理より $f^{\ast}(S)=M_d \in J(d)$ である。よって推移性公理より $S\in J(c)$ である。 $\square$

Grothendieck位相の例 #

定義5.10: 自明な位相

小圏 $\mathcal{C}$ の各対象 $c$ 対して $J(c) = \{M_c\}$ と定めると、 $J$ はGrothendieck位相となる。これを 自明な位相(trivial topology) という。

定義5.11: 稠密位相

小圏 $\mathcal{C}$ の各対象 $c$ に対して、以下を満たす $D$ を 稠密位相(dense topology) という。

$$ S\in D(c) \Leftrightarrow \forall f:d\rightarrow c, f^{\ast}(S)\neq\emptyset $$

任意の $f:d\rightarrow c$ と $g:e\rightarrow c$ について以下のような可換図式を満たす射が必ず存在するならば、その圏は 右Ore条件(right Ore condition) を満たすという。

$$\xymatrix{ \bullet \ar[d] \ar[r] & d \ar[d]^{f} \\ e \ar[r]^{g} & c }$$

定義5.12: 原子位相

右Ore条件を満たす小圏 $\mathcal{C}$ の各対象 $c$ に対して、以下を満たす $J$ を 原子位相(atomic topology) という。 $$ S\in J(c) \Leftrightarrow S\neq\emptyset $$

命題5.13

右Ore条件を満たす小圏 $C$ 上の位相 $J$ が稠密位相であることと原子位相であることは同値。

証明

小圏 $\mathcal{C}$ が右Ore条件を満たすとする。$S$ を $c$ 上の篩とする。

$\forall f:d\rightarrow c, f^{\ast}(S)\neq\emptyset$ すなわち、 $\forall f:d\rightarrow c, \exists g:e\rightarrow d,\ \mathrm{s.t.}\ f\circ g\in S$ であるとする。すると $1_c\circ g\in S$ を満たす $S$ の元が存在するから $S\neq\emptyset$ である。 逆に $S\neq\emptyset$ であるとする。すると、任意の $f:d\rightarrow c$ に対して、射 $g:e\rightarrow c\in S$ を任意に取ると、右Ore条件より $f\circ a = g\circ b$ を満たす$a,b$ が存在する。ここで $S$ は篩で $g\in S$ であるから $g\circ b\in S$。よって $f\circ a\in S$ であるから $\forall f:d\rightarrow c, \exists g:e\rightarrow d,\ \mathrm{s.t.}\ f\circ g\in S$ が成り立つ。 $\square$

命題5.14: 位相空間の開被覆から導出されるGrothendieck位相

位相空間 $X$ について、 $$ \{U_{\lambda}\xhookrightarrow{}U\} \in J(U) \Leftrightarrow U=\bigcup U_{\lambda}$$ となるように定めた $J$ は、半順序集合としての圏 $\mathcal{O}_X$ 上のGrothendieck位相である。

位相空間の開集合系は右Ore条件を満たす($U_1\xhookrightarrow{} U, U_2\xhookrightarrow{} U$ に対して常に $U_1\cap U_2$ が存在)が、原子位相ではない。 例えば $U$ の真部分集合 $V\subset U$ 一つのpresieve $\{V\xhookrightarrow{} U\}$ から生成される篩は $U$ 全体を覆っていないが、原子位相においては被覆として扱われる。

位相空間の開集合系から導出されるGrothendieck位相は次のように一般化できる。

定義5.15: 標準位相

フレーム(frame) すなわち、完備ハイティング代数 $\mathcal{H}$ に対して、 $$ \{a_{\lambda}\xhookrightarrow{}a\} \in J(a) \Leftrightarrow a = \bigvee a_{\lambda}$$ となるように定めた $J$ は $\mathcal{H}$ 上のGrothendieck位相である。これを 標準位相(canonical topology) という。