すでに述べたように、このノートでは多様体の位相は天下り的に与えられるのではなくて、極大アトラスによって定められる。その構成方法と構造について見ていく。
多くの多様体の定義では位相空間としてハウスドルフかつ第二可算(もしくはパラコンパクト)である事が仮定される事が多いが、 多様体 のように定義された多様体の極大アトラスが定める位相もこれらの性質を持つ事が言える。
ハウスドルフ空間であるので、多様体上の点列が収束するならばその極限は一意に定まる事が保証される。第二可算性やパラコンパクト性がどう嬉しいかは私も勉強中なのでまだよく分かっていない。後ほど使う場面でわかるだろう。
多様体 $\mathcal{M}$ の部分集合 $U\subset \mathcal{M}$ が$\mathcal{M}$の 開集合(open subset) であるとは、任意のチャート $(V,\varphi)$ について $\varphi(U\cap V)$ が開集合である事をいう。
$U$ が開集合であるというのは、どの地図上でその部分を見ても開集合になっているという事。
集合 $\mathcal{M}$ の極大アトラスの定める開集合の族は開集合の公理を満たす。すなわち、
- $\mathcal{M},\emptyset$ は開集合
- $U,V$ が開集合ならば $U\cap V$ も開集合
- $\{U_\alpha\}$が開集合ならば$\bigcup_\alpha U_\alpha$ も開集合
証明
$\mathcal{M},\emptyset$ が$\mathcal{M}$の開集合となる事は明らか。
$U,V$ が開集合であるならば、任意のチャート $(W,\varphi)$ に対して
$$\varphi((U\cap V)\cap W) = \varphi((U\cap W)\cap (V\cap W)) = \varphi(U\cap W)\cap\varphi(V\cap W)\quad\text{($\because \varphi$は全単射)}$$
であるので $\varphi(U\cap W),\varphi(V\cap W)$ が $\mathbb{R}^d$ の開集合である事より $\varphi((U\cap V)\cap W)$ も$\mathbb{R}^d$の開集合。従って $U\cap V$ は $\mathcal{M}$の開集合。
$\{U_\alpha\}$ が開集合であるならば、任意のチャート $(V,\varphi)$ に対して $$\varphi\left(\left(\bigcup_\alpha U_\alpha\right)\cap V\right) = \varphi\left(\bigcup_\alpha\left(U_\alpha\cap V\right)\right) = \bigcup_\alpha\varphi(U_\alpha\cap V)$$ となることから、同様にして $\bigcup_\alpha U_\alpha$ も $\mathcal{M}$ の開集合。$\square$
$\mathcal{M}$ を集合とする。 $\mathcal{M}$の極大アトラス $\mathcal{A}^+$ の定める開集合族の定める位相を アトラス位相(atlas topology) という。
以後、特に断りがなければ、$(\mathcal{M},\mathcal{A}^+)$ の位相はアトラス位相によって与えられるとする。 アトラス位相の下では、よくある多様体の定義と同じくチャートが同相写像となる。
アトラス位相において 任意のチャート $(U,\varphi)\in\mathcal{A}$ について $U$ は開集合であり、 $\varphi:U\rightarrow\varphi(U)$ は同相写像である。
証明
$(U,\varphi)$ と $\mathcal{A}$ が両立する事から $U$ が開集合であるのは明らか。
任意の開集合 $V\subset\varphi(U)$ に対して、チャート $\varphi$ を $\varphi^{-1}(V)$ に制限したものも $\mathcal{A}$ と両立するチャートになる。($\because$ 命題2.7 ) よって $\varphi^{-1}(V)$ は開集合だから $\varphi:U\rightarrow\varphi(U)$ は連続
逆に、任意の開集合 $W\subset U$ に対して $\varphi(W)=\varphi(W\cap U)$ は開集合だから $\varphi^{-1}:\varphi(U)\rightarrow U$ も連続。 よって $\varphi$ は同相写像。 $\square$
極大アトラスは多様体の開集合系の 基底 (base) である。 すなわち、多様体 $(\mathcal{M},\mathcal{A}^+)$ の任意の開集合 $U\subset\mathcal{M}$ は $\mathcal{A}^+$ のチャートの和集合として表す事ができる。
証明
$U$ を開集合とすると、 $\mathcal{A}^+$ に含まれるチャート $U_\alpha$ を用いて
$$ U = \bigcup_\alpha U\cap U_\alpha $$
と表すことができるが、$U\cap U_\alpha \subset U_\alpha$ だから 命題2.8 より $U\cap U_\alpha$ は $\mathcal{A}^+$ に含まれる。$\square$
$U\subset\mathcal{M}$ が開集合であるか否かを判定するのに極大アトラス $\mathcal{A}^+$ の全てのチャートを調べる必要はない。
$\mathcal{M}$ を集合、 $\mathcal{A}^+$ を極大アトラスとする。 部分集合 $U\subset\mathcal{M}$ が開集合である事は、適当な $U$ を覆うアトラス $\mathcal{B}\subset\mathcal{A}^+$ の任意のチャート $(U_\beta,\varphi_\beta)\in\mathcal{B}$ について $\varphi_\beta(U\cap U_\beta)$ が開集合である事と同値。
証明
$U$ がアトラス $\mathcal{B}$ について条件を満たすとする。この時、任意のチャート $(U_\alpha,\varphi_\alpha)\in\mathcal{A}^+$ について
$$
\begin{aligned}
\varphi_\alpha(U\cap U_\alpha) &= \bigcup_{\beta}\varphi_\alpha(U\cap U_\alpha\cap U_\beta) \\
&= \bigcup_\beta(\varphi_\alpha\circ\varphi_\beta^{-1})(\varphi_\beta(U\cap U_\alpha\cap U_\beta)) \\
&= \bigcup_\beta(\varphi_\alpha\circ\varphi_\beta^{-1})(\varphi_\beta((U\cap U_\beta)\cap(U_\alpha\cap U_\beta))) \\
&= \bigcup_\beta(\varphi_\alpha\circ\varphi_\beta^{-1})\left(\varphi_\beta(U\cap U_\beta)\cap\varphi_\beta(U_\alpha\cap U_\beta)\right) \\
\end{aligned}
$$
である。ただし、$\beta$ に関しての和は $\mathcal{B}$ の全てのチャートに対して取る。
ここで仮定より $\varphi_\beta(U\cap U_\beta)$ は開集合、 $\mathcal{B}\subset\mathcal{A}^+$ より $\varphi_\beta(U_\alpha\cap U_\beta)$ も開集合。よってこれらの共通部分も開集合であり、その微分同相写像 $\varphi_\alpha\circ\varphi_\beta^{-1}$ での逆像も開集合。そしてそれらの和集合は開集合。以上より $\mathcal{A}^+$ の任意のチャートに対して $\varphi_\alpha(U\cap U_\alpha)$ が開集合となるから $U$ は開集合である。逆は明らか。 $\square$
$m$次元多様体の開部分集合は $m$ 次元多様体である
証明
$(\mathcal{M},\mathcal{A}^+)$ を $m$次元多様体とし、 $U\subset\mathcal{M}$ をその開集合とする。 ここで $U$ に含まれるチャートだけを集めた
$$ \mathcal{A}_U =\{(V,\psi)\ |\ (V,\psi)\in\mathcal{A}^+,V\subset U\} $$
を考える。これが $U$ の$m$次元極大アトラスとなるのは明らか。
$(\mathcal{M},\mathcal{A}^+)$は可算被覆を持つから、それらと $U$ の共通部分を取る事で $(U,\mathcal{A}_U)$ の可算被覆を作れる。
$x,y\in U,x\neq y$ とする。 $\mathcal{M}$ のハウスドルフ性より $\mathcal{M}$ のチャート $U_\alpha,U_\beta$ で
$$x\in U_\alpha, y\in U_\beta, U_\alpha\cap U_\beta = \emptyset $$
となるものが取れる。これらを $U$ に制限すれば $x,y$ を分離する $U$ のチャートが得られる。 $\square$
アトラス位相が第二可算公理とハウスドルフ性を示す事を証明する。
$(\mathcal{M},\mathcal{A}^+)$ が可算被覆を持つ $\Leftrightarrow$ $\mathcal{A}^+$ の定めるアトラス位相で$\mathcal{M}$が第二可算空間となる
まず、ユークリッド空間 $\mathbb{R}^d$ は第二可算空間である。つまり可算個の基底が存在して、それらの和集合で全ての開集合が表せる。これは中心が有理点、半径が正の有理数であるような全ての開球の集合が基底となる事から分かる。
証明
($\Leftarrow$)は明らかなので($\Rightarrow$)を示せば良い。
$\mathcal{B}=\{B_1,B_2,\ldots\}$ をユークリッド空間 $\mathbb{R}^d$ の可算基底とする。 $(\mathcal{M},\mathcal{A}^+)$ は可算被覆を持つので、それを $(U_1,\varphi_1),(U_2,\varphi_2),\ldots\in\mathcal{A}^+$ とすると $\mathcal{M}=\bigcup_i U_i$ である。
ここで $\varphi_i$ は同相写像だから $V_{ij}=\varphi_i^{-1}(B_j)$ は $\mathcal{M}$ の開集合。これらを全て集めた集合 $\mathcal{V}=\{V_{ij}\}$ は可算集合である。
任意の $\mathcal{M}$ の開集合 $U\subset\mathcal{M}$ と $i$ について $\varphi_i(U\cap U_i)$ は $\mathbb{R}^d$ の開集合だから$\mathcal{B}$に含まれる開集合の和で表される。従って $U\cap U_i$ は$\{\varphi_i^{-1}(B_1),\varphi_i^{-1}(B_2),\ldots\}\subset\mathcal{V}$ に含まれる開集合の和で表される。よって $U=\bigcup_i(U\cap U_i)$ だから $U$ は $\mathcal{V}$ に含まれる開集合の和で表される。
以上より $\mathcal{V}$ が $\mathcal{M}$ の可算基底になっている事から $\mathcal{M}$ は第二可算空間となる。 $\square$
$(\mathcal{M},\mathcal{A}^+)$ がハウスドルフ性を持つ $\Leftrightarrow$ $\mathcal{A}^+$ の定めるアトラス位相で$\mathcal{M}$がハウスドルフ空間となる
証明
($\Rightarrow$) $\mathcal{A}^+$ がアトラス位相の基底である事から明らか。
($\Leftarrow$) $x,y\in\mathcal{M},x\neq y$ とする。 $\mathcal{M}$ はハウスドルフ空間だから開集合 $U,V\subset\mathcal{M}$ が存在して
$$ x\in U,y\in V,U\cap V=\emptyset $$
となる。$U,V$ は開集合だから、それぞれ $\mathcal{A}^+$ のチャートの和集合で表す事ができ、その中に $x,y$ を含む互いに交わらないチャートが存在する。$\square$
多様体の部分集合がコンパクトであるとはどういう事か確認する。コンパクト部分集合上で定義された連続関数は最大値・最小値を持つことが保証され一様連続でもある為、最適化問題に取り組みやすい集合になっている。
$\mathcal{M}$ を多様体、 $U$ をその部分集合とする。 $U$ が次の性質を満たすとき コンパクト集合(compact set) という。
$U$ の任意の開被覆について、その中の有限個の開集合で $U$ を覆うことができる。
$\mathcal{M}$ を多様体とする。集合 $U\subset\mathcal{M}$ が $\mathcal{M}$ のあるチャート $(V,\varphi)$ に含まれる $(U\subset V)$ ならば、 $U$ がコンパクトである事と $\varphi(U)$ がコンパクトである事は同値。
$\varphi$ は同相写像なので明らか。 $\varphi(A)$ はユークリッド空間 $\mathbb{R}^d$ の部分集合であるから、それがコンパクトかどうか(つまり $U$ がコンパクトかどうか)はハイネ•ボレルの被覆定理を使って調べる事ができる。
ユークリッド空間 $\mathbb{R}^d$ の部分集合 $U$ がコンパクトである事と、$U$が有界閉集合である事は同値。
複数のチャートにまたがる集合のコンパクト性は以下で確認できる。
コンパクト集合の有限個の和集合はコンパクト。
明らか。
$U$ がコンパクトで、$V$ が閉集合ならば $U\cap V$ はコンパクト。
$V$の補集合$V^\circ$は開集合だから、$U\cap V$ の開被覆が与えられたら、これに $V^\circ$ を加えると $U$ の開被覆が作れる。これから $U$ の有限被覆を作って $V^\circ$ を除いたものが $U\cap V$ の有限被覆になる。 $\square$
多様体 $\mathcal{M}$ のコンパクト部分集合は閉集合。
証明
$W\subset\mathcal{M}$ がコンパクトであるとする。$W$ が閉集合である事を示すには任意の $p\in W^\circ$ に対して開近傍 $p\in U\subset W^\circ$ が存在する事を示せば良い。
点 $p\in W^\circ$ をとる。任意の $q\in W$ について, $p\neq q$ だから $p\in U_q, q\in V_q, U_q\cap V_q=\emptyset$ となる開集合 $U_q,V_q\subset\mathcal{M}$ が取れる。このような $V_q$ 全ての和集合は $W$ の開被覆となるので有限被覆 $W\subset V_{q_1}\cup\cdots\cup V_{q_n}$ が取れる。この時対応する $U_q$ の共通部分 $U=U_{q_1}\cap\cdots\cap U_{q_n}$ は開集合であり、$V_{q_k}$ の全てと交わらないから $p\in U\subset W^\circ$ となる。 $\square$
2直線を張り合わせた空間 の空間はハウスドルフでないので、 命題3.15 は成立しない。例えば以下のように原点 $(0,0)$ を跨ぐ区間 $X$ を考えると、この$\varphi$ の像は $\mathbb{R}$ の有界閉集合になるのでコンパクトである。一方で、この補集合 $X^\circ$ にはもう一つの原点 $(0,1)$ が含まれるが、これを含む任意の開集合は $X$ と交わってしまう。よって $X^\circ$ は開集合ではないので、$X$ は閉集合ではない。